強制採尿と令状(覚せい剤事例から)
榎 久 仁 裕
1 強制採尿とは
2 強制採尿の必要性
3 昭和55年最高裁決定事例
4 平成6年最高裁決定事例
判 例
学 説
5 強制処分法定主義
6 私 見
1 強制採尿とは
カテーテルを尿道から挿入し強制的に尿を採取する行為を言う。
2 強制採尿の必要性
覚せい剤取締法違反において、フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩が尿に含有されているか否かを調べ、それが陽性であれば、覚せい剤を摂取したことが公判廷において決定的な証拠となる。捜査機関にとっては最上の有罪への証拠となる。覚せい剤取締法違反(摂取)事件において、訴因の証明は、@法定の除外事由がないこと、A覚せい剤を摂取したこと、この2点が立証されれば特別の事情がない限り、ほぼ有罪とされる。しかしながら現行刑事訴訟法は強制的に尿を採取する令状を予定していなかった。そこで実務的には令状の抱き合わせによって強制採尿が行われてきた。つまり身体検査令状と鑑定処分許可状の抱き合わせということである。これは現行刑事訴訟法が強制処分法定主義を採用しているので、その主義からも明確な法的根拠のない新しい強制処分の実務的創設であると批判もあった。しかし社会的要請、つまり覚せい剤取締法違反事件が増大し取り締まりの必要性が増大するとともに、その立証方法の科学的発展に法の根拠(つまり法の創設)が追随しなかったという現実も存在した。その苦肉の策が令状の抱き合わせ(身体検査令状と鑑定処分許可状)であったと思われる。覚せい剤取締法違反事件における否認事案は強制採尿によって決着がつくと言っても過言ではない。しかし刑事手続きにおいては、目的の正当性があっても手段、方法性に違法性があれば、違法収集証拠となり、証拠排除ひいては公訴棄却にまで発展する。つまり違法な起訴ということである。尿鑑定書が証拠排除になれば、有罪の立証ができていないということ、つまり合理的疑いのない心証を裁判官が形成できなかったということで無罪の判決に至るということも考えられる。
3 昭和55年最高裁決定事例
(昭和54年(あ)第429号)
決定年月日 昭和55年10月23日・第一小法廷・結果・棄却
判例集34巻5号300頁
原審 名古屋高等裁判所
判示事項
1 捜査手続上の強制処分として被疑者の体内からカテーテルを用いて尿を採取することの可否。
2 強制採尿の過程に適切な条件を付した捜索差押令状によらなかった不備があっても採尿検査の適法性はそこなわれない。
裁判要旨
1 被疑者の体内からカテーテルを用いて強制的に尿を採取することは、捜査手続上の強制処分として絶対に許されないものではなく、被疑事件の重大性、嫌疑の存在、当該証拠の重要性とその取得の必要性、適当な代替手段の不存在等の事情に照らし、捜査上、真にやむを得ないと認められる場合には、最終的手段として、適切な法律上の手続を経たうえ、被疑者の身体の安全と人格の保護のための十分な配慮のもとに行うことが許される。
2 捜査機関が強制採尿をするには捜索差押令状によるべきであり、右令状には、医師をして医学的に相当と認められる方法で行わせなければならない旨の条件の記載が不可欠である。
3 強制採尿の過程に、適切な条件を付した捜索差押状でなく、身体検査令状及び鑑定処分許可状によってこれを行った不備があっても、それ以外の点では法の要求する要件がすべて充足されているときには、右の不備は、採尿検査の違法性を損なうものではない。
4 平成6年事例
(平成6年(あ)第187号)
決定年月日 平成6年9月16日・第三小法廷・結果・棄却
判例集34巻5号300頁
原審 仙台高等裁判所(刑集四八巻六号四二〇頁)
第一審福島地方裁判所若松支部
事件の概要
1 福島県会津支若松警察署A警部補は、平成4年12月26日午前11時前ころ、被告人から、同警察署八田駐在所に意味のよくわからない内容の電話があった旨の報告を受けたので、被告人が電話をかけた自動車整備工場に行き、被告人の状況及びその運転していた車両の特徴を聞くなどした結果、覚せい剤使用の容疑があると判断し、立ち回り先とみられる同県猪苗代方面に向かった。
2 同警察署から捜査依頼を受けた同県猪苗代警察署のB巡査は、午前11すぎころ、国道49号線を進行中の被告人運転車両を発見し、拡声器で停止を指示したが、被告人運転車両は、二、三度蛇行しながら郡山方面へ進行を続け、午前11時5分ころ、磐越自動車道猪苗代インターチェンジに程近い同県
3 午前11時10分ころ、本件現場に到着した猪苗代警察署C巡査部長が、被告人に対する職務質問を開始したところ、被告人は、目をキョロキョロさせ、落ち着きのない態度で、素直に質問に応えず、エンジンを空ふかししたり、ハンドルを切るような動作をしたため、C巡査部長は、被告人運転車両の窓から腕を差し入れ、エンジンキーを引き抜いて取り上げた。
4 午前11時25分ころ、猪苗代警察署から本件現場の警察官に対し、被告人には覚せい剤取締法違反の前科が4犯あるとの無線連絡が入った。午前11時33分ころ、A警部補らが本件現場に到着して職務質問を引き継いだ後、会津若松警察署の数名の警察官が、午後5時43分ころまでの間、順次、被告人に対し、職務質問を継続するとともに、警察署への任意同行を求めたが、被告人は、自ら運転することに固執して、他の方法による任意同行をかたくなに拒否し続けた。他方、警察官らは、車に鍵をかけさせるためエンジンキーをいったん被告人に手渡したが、被告人が車に乗り込もうとしたので、両脇から抱えてこれを阻止した。そのため、被告人は、エンジンキーを警察官に戻し、以後、警察官らは、被告人にエンジンキーを返還しなかった。
5 右4の職務質問の間、被告人は、その場の状況に合わない発言をしたり、通行車両に大声を上げて近づこうとしたり、運転席の外側からハンドルに左腕をからめ、その手首を右手で引っ張って、「痛い、痛い」と騒いだりした。
6 午後3時26分ころ、本件現場で指揮を執っていた会津若松警察署D警部が令状請求のため現場を離れ、会津若松簡易裁判所に対し、被告人運転車両及び被告人の身体に対する各捜索差押許可状並びに被告人の尿を医師をして強制採取させるための捜索差押許可状(以下「強制採尿令状」という。)の発付を請求した。午後5時2分ころ、右各令状が発付され、午後5時43分ころから、本件現場において、被告人の身体に対する捜索が被告人の抵抗を排除して執行された。
7 午後5時45分ころ、同警察署E巡査部長らが、被告人の両腕をつかみ被告人を警察車両に乗車させ上、強制採尿令状を示したが、被告人が興奮して同巡査部長に頭を打ち付けるなど激しく抵抗したため、被告人運転車両に対する捜索差押手続を先行させた。ところが、被告人の興奮状態が続き、なおも暴れて抵抗しようとしたため、同巡査部長らは、午後6時32分ころ、両腕を制圧して被告人を警察車両に乗車させたまま、本件現場を出発し、午後7時10分ころ、同県
争 点
1 強制採尿令状により被疑者を採尿場所まで連行することの可否。
2 警察官が長時間にわたり被告人を本件現場に留め置いた措置、すなわち、先行手続を含む一連の捜査手続の違法の有無及び程度。
3 右一連の捜査手続により被告人から採取された尿の鑑定書の証拠能力の有無。
決定趣旨
1 身柄を拘束されていない被疑者を採尿場所へ任意同行することが事実上不可能であると認められる場合には、いわゆる強制採尿令状の効力として、採尿に適する最寄りの場所まで被疑者を連行することができる。
2 覚せい剤使用の嫌疑のある被疑者に対し、自動車のエンジンキーを取り上げるなどして運転を阻止した上、任意同行を求めて約6時間半以上にわたり職務質問の現場に留め置いた警察官の措置は、任意捜査として許される範囲を逸脱し、違法であるが、被疑者が覚せい剤中毒をうかがわせる異常な言動を繰り返していたことなどから運転を阻止する必要性が高く、そのために警察官が行使した有形力も必要最小限の範囲にとどまり、被疑者が自ら運転することに固執して任意同行をかたくなに拒否し続けたために説得に長時間を要したものであるほか、その後引き続き行われた強制採尿手続自体に違法がないなどの判示の事情の下において、右一連の手続を全体としてみてもその違法の程度はいまだ重大であるとはいえず、右強制採尿手続により得られた尿についての鑑定書の証拠能力は否定されない。
第一審
本件強制採尿令状は、「強制採尿は医師をして医学的に相当な方法により行わせること」との条件が付されており、採尿に適する場所に被疑者を同行することを当然の前提としているから。警察官が被告人を病院まで連行し、強制採尿に必要な時間、病院に留め置くことは、刑事訴訟法111条1項所定の「必要な処分」として許される。本件被告人の身柄拘束は任意捜査に伴う有形力の行使として許容される範囲内であり、捜査全体に違法性はない。
覚せい剤取締法違反、公文書毀棄 懲役1年6月
第二審
先行行為に違法性はあるが、違法の程度は極めて強いとまではいえない。
証拠排除するまでの違法性はない。
控訴棄却
判 例
(1)令状の効力として許されるとするもの
(東京高等裁判所平成3年3月12日判決・判例時報1385号129頁)
令状の効力として執行場所まで連行することは当然、許されている。
(2)「必要な処分」として許されるとするもの
(東京高等裁判所平成2年8月29日判決・判例時報1374号136頁)
執行に不可欠な処分として必要最小限の有形力の行使は許される。
学 説
(1)令状効力説(本決定が採る説)
強制採尿令状の付随的な処分として、採尿場所までの被疑者の連行を認める見解。
(2)必要な処分説
明文上の根拠を刑事訴訟法222条1項によって準用される同法111条1項にいう「必要な処分」に求める見解。
(3)令状記載説
強制採尿令状に採尿場所を明示したり又は強制採尿を許可する旨の記載のある場合に連行を認める見解。
(4)消極説
@ 事前の司法審査なくして身柄を連行するということは、憲法33条、同35条、刑事訴訟法197条に反する。
A 昭和55年判例における「医師をして医学的に〜。」という条件は採尿自体の問題であり、連行することとは異質の問題である。
B 強制採尿に「必要名処分」とは、身体を押さえつけ、着衣を脱がせ程度に留まり、その射程範囲は強制連行まで及ばない。
C 刑事訴訟法218条5項にいう「条件」の範囲を逸脱する。
5 強制処分法定主義
刑事訴訟法で定められていない、もしくは他の法律で定められていない強制処分は許されないという原則(第197条)であるが、一連の強制採尿はこの原則に反していないかというマクロ的な見地から批判することもできる。
6 私 見
(1)本件については、通常逮捕ができなかったのかという疑問が残る。
(2)強制採尿をするための法的根拠を見いだすことが、困難となってい
る状態で、技巧的、技術的に辻褄合わせ(令状の抱き合わせ、解釈上
の捜索差押許可状の準用)をしなければならないことに、危惧感を感
じる。憲法が予定している人権の尊重から現行刑事訴訟法が受け継い
だ人権侵害への司法的抑制を考えるとき、やはりこの問題は立法的解
決が望まれるところである。強制処分法定主義という理念を貫くので
あれば、「解釈上、許される。」ということは出来るだけ回避されるべ
きである。確かに「覚せい剤取締法違反事件」に対して尿の鑑定が最
も有力な証拠と成り得るとしても、それは社会的事実が先行してしま
った(科学的捜査の発展)という理由すなわち「やむを得ない理由」
から、解釈上、強制採尿を追認しなければならなくなったという事実
が存在すると思われる。しかしこれを現状のまま放置してしまったと
いうことは立法上の懈怠というしかないと思われる。事は国民の人権
の問題であり、憲法を無視するということに成りかねないと思われる。